昭和49年4月~昭和52年3月 尾張旭市内中学校勤務 (3年間)
昭和52年4月~平成 9年3月 幸田町および額田町内中学校勤務 (20年間)
平成 9年4月~平成11年3月 幸田町内小学校勤務 (2年間)
学校から出される五教科の課題(宿題)は、できる子もできない子も全く同じ内容です。本来は、一人ひとりに適した内容にすべきですが、現実には大変難しいです。
元教員をしていた私の経験から、できる子は課題がすぐにやれてしまいますが、できない子は少しも進ませることができないので、結局は解答を丸写ししてしまうのが現状です。
中には知恵を働かせて、一部は解答を写してできたこととし、その他はできないので、バツだけつけて提出する巧妙な手口を使う子もいます。
しかし、教員が見ればそれはすぐにわかります。この子がこんなにできるわけがないと思うのです。
このような課題のやり方をずっと続けていては、いつまで経っても学力はついてきません。
それは教員側もよくわかってはいても、実際にそこを指導し、わからせてあげるための時間をとることが、どうしても難しいのが現状です。
そういったどうにもならない現状を痛感した私の教員経験から、常に個別にわからないところを一つ一つわかるようにしていく塾を開こうと決めたわけです。
学校の授業もわかり、課題も自分でスイスイ進めることができる子のための塾は、他にもたくさんあります。そういった子はそこで学力を上げていくこともいいでしょう。
一方で、一度つまずいてしまった子は、今の現状の学校生活では自分でどうにかするしかないのです。そしてそれは、なかなか一人でどうにかできるものではありません。
「自分は置いて行かれている、放っておかれている」と感じると、勉強にかかわらず誰でもそれを続けていくことは嫌になるでしょう。
そのような子の行き場は、学校にも塾にもなくなってしまい、まさに勉強難民になってしまうのです。
私は、そのような子にこそ塾が必要だと考えます。
現状にありふれた塾ではなく、その子に心から向き合ってくれ、わからないところに一緒に戻り、丁寧にわかるまで教えてくれる塾です。
「今さら誰にも聞けない」と悩んでいる子、勉強が嫌になってしまった子、わからないから宿題を丸写しにしてしまうしかない子。
そのような「勉強難民」の子達を一人でも多く救えるように、微力ではありますが精一杯お手伝いさせていただこうと考えております。